MYANMAR

1989年に国名が改称されるまでは、「ビルマ」と呼ばれていたミャンマーは、東南アジアのインドシナ半島に位置する共和制国家です。「ビルマ式社会主義」をかかげ鎖国に近い状態が長く続いていましたが、近年では対外関係正常化と経済自由化を受けて消費者心理が高揚しており、日本製中古車の販売が急増、スマートフォンの普及も急速に進むなど個人消費が拡大しています。また、外資系企業のミャンマー進出増加を受けて、ヤンゴン市内では新たなオフィスビルやホテルの建設投資も盛んに行われています。
観光客の受け入れも進み、女性でも安心して宿泊でき、雑貨などのショッピングを楽しめるところも増えてきました。他のアジアの国々とは違った文化や風景・人々の生活があり、グルメや伝統衣装など独自に進化した文化を味わうことが出来ます。

政治 ~Politics~

1988年、全国的な民主化要求デモにより26年間続いた社会主義政権が崩壊しましたが、国軍がデモを鎮圧し、政権を掌握しました。1990年には総選挙が実施され、アウン・サン・スー・チー氏率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝したものの、政府は民政移管のためには堅固な憲法が必要であるとして政権移譲を行いませんでした。
総選挙以降、政府側とスー・チー氏の対立が続き、2003年5月にスー・チー氏は政府当局に拘束され、同年9月以降2010年11月まで、3回目の自宅軟禁下に置かれました。2015年11月の総選挙で、スーチー氏率いるNLDが全議席の6割弱を獲得、2016年3月にはスー・チー氏は国家最高顧問、外務大臣及び大統領府付大臣に就任、民主的統治が行われています。

経済 ~Economy~

1988年に軍事政権が成立してから、国軍は社会主義政策を放棄することを発表するとともに経済開放政策を推進しましたが、非現実的な為替レートや硬直的な経済構造等が発展の障害となり、外貨不足が顕著化しました。また2003年にアウン・サン・スー・チー氏が拘束されたことを受け、米国が対ミャンマー経済制裁法を新たに制定したことが国内産業への打撃となり、経済の鈍化を招きました。
その後も国際社会からの制裁のため、ミャンマーは約50年にわたって世界経済からほとんど隔絶されたような状態にありました。しかし、2011年にNLD党員のテイン・セイン氏の文民政権成立後、民政移管が実現、政治・経済改革に取り組んだことが評価され、欧米諸国の制裁が緩和されたことを契機に、ミャンマーは一躍脚光を浴び高成長を続けています。足元の成長率は中国を上回り、アジアでもトップクラスの高さとなりました。

ワンポイント情報 ~Information~

ミャンマーは東南アジア諸国において、戦後最も早く日本と平和条約締結をしました。そして、その後一度も戦後補償問題を政治的に持ち出したことがありません。さらに、戦後食糧難に直面していた日本に大量のミャンマー米を送り、食料支援をしてれました。ミャンマーのお米で、多くの日本人の命が救われています。旧ビルマを悲劇の戦場にした敗戦国日本に、戦後食料支援を行ったアジアで唯一の国なのです。
そして日本も、イギリス統治下時代のビルマ独立を支援しました。このように歴史的にも関係の深い日本とミャンマーは、民主化後のミャンマーの改革支援の中で、更に発展的な関係を構築しています。

統計データ

人口 5,141万人(2014年9月)
面積 68万㎢(日本の約1.8倍)
首都 ネピドー
民族 ビルマ族(約70%)、その他多くの少数民族
言語 ミャンマー語
宗教 仏教(90%)、キリスト教、回教等
政体 大統領制、共和制
元首 ティン・チョウ大統領
名目GDP 約568億ドル(2014年)
1人当たりGDP 1,113ドル(2014年)
主要産業 農業
経済成長率 8.25%(2014年)
消費者物価指数 223.65(2016年6月)
失業率 約4.0%(2014年)

人口ピラミッド(2017年)

myanmarpyramid
出展:Population Pyramids of the World from 1950 to 2100